ジュエリーデザイナー川上裕美さんが伝える手しごとの尊さ

ジュエリーデザイナー川上裕美さんが伝える手しごとの尊さ

靴下の脱ぎ履きという行為はときに人を活動へ導き、安息へと誘うもの。その存在を日常生活のスイッチに見立て、クリエイターのオンやオフに通してその創造性を紐解く。シルバーと真鍮を使ったジュエリーブランド「Hi-CORAZON」の川上裕美さんがジュエリーを通して伝えたい大切なメッセージについて、貴重な切り替えスポットである浅草の〈THE THREE ROBBERS〉で聞いた。

ボリュームのあるジュエリーにシックなジャケット姿、耳元にはボリュームのあるシルバージュエリーを輝かせて、手元の銀色のバッグやアディダスのマイクロペーサーに合わせてシルバーのラメソックスを選んだ川上裕美さん。待ち合わせ場所に到着するなり旧友のような人懐っこい笑顔で出迎えてくれた彼女のブランド「Hi-CORAZON」が生まれたのは、今から約18年前の2006年に遡る。「Hi」は自身の名前から、「CORAZON(ハイコラソン)」はスペイン語の心臓の意味をもつ。ブランドを始めるきっかけとなったのは、2006年に訪れたメキシコへの旅行。映画『Frida』を見て、もともと好きだったラテンアメリカの地へと飛び込んだ。

「たまたま訪れたメキシコのオアハカという町で、ストライキに遭遇したんです。催涙弾が投げられるような激しいストライキという、とても衝撃的な旅の始まりでした。そこで、生きるために女性と子供たちが路上で刺繍をして販売しているのに遭遇したんです。泣いている人がいて、催涙弾が投げられている、そんな環境下でも女性の生きる力を垣間見たときに、作ったものを売るっていいなと感動したんですよね」。

文化も生活様式も全く異なり、人間の尊厳にも関わるような環境下でも手を休めない女性たちからは、生きることに立ち向かう覚悟のようなものが感じられたという。彼女が作るシルバーや真鍮を使ったジュエリーは、民族的かつ、宗教的な独特の世界観を放っていて、同時に対峙する人たちに語りかけるような温かみを持っている。それらはまるで、オアハカの女性たちの信念が裕美さんの手指をつたい、手をかけて作ること=生きることの大切さを訴えかけているようにさえ感じさせる。

「作品一つひとつに対して、意味を込めて作っています。シンボリックなものやインディアンジュエリーが好きなんです。卍には、ネイティブアメリカンの間で4つのLが重なった幸福の意味があるんです。若い世代の方やインディアンジュエリーが好きな方は、そのポジティブな意味に気づいてくれることもあります。“ジュエリーブランド”ではなく、アートやカルチャーとして自分の作品をカテゴライズし、表現していきたいと思ったときに、今私に表現ができるのが彫金だなって思っています」。

2018年に、パートナーの転勤で5年間北海道に住むことになったことをきっかけに、彫金教室に通い始めた。それまで彫金経験がなかった裕美さんだが、今では自分で原型作りも行っている。東京から北海道を経て今は、千葉にスタジオを構えて制作に励んでいる。しかし、心境に変化が訪れたそう。

「子供が生まれて、人生に確変が起きました。全てがゼロになり、リセットされて仕事も1年半はできない状態でした。好きなファッションやアクセサリーを着ることもできないし、遠い存在に感じた時もありました。いま制作することは、楽しいことというよりは“隙間”を見つけることです。どこかで見たことがあるモノで埋め尽くされている現代、きっと私もどこかで見たものを落とし込んで制作しているのですが、誰かの真似はしたくない。俗なブランドにはなりたくないけど、流行は大事。こんなファッションの世界で、いかに私らしく噛み砕いて解釈し、表現できるかがわたしにとっての制作です」。

この日訪れたのは、裕美さんにブランドを続けていくきっかけを与えた場所、浅草にある〈THE THREE ROBBERS〉。海外のデザイナーや著名人も訪れる、アポイントメント制の隠れた名店だ。忙しい日常から離れて深呼吸ができる、ゆっくり自分と向き合える場所であり、店主のつかもとさんの存在は彼女にとって重要なスイッチだという。

「子供ができてから周りの人は、逆にいい作品ができるんじゃない?って言ってくれるんですが、本当になにも思い浮かばない状態で。そんな時につかもとさんは絶対に励ましてくれる、感性の次元が違う大切な存在なんです。初めてお会いしたのは26歳で、根拠のない若さゆえの自信で動いていたのですが、当時からコラボ商品を作ろう!とか、絶対に売れるよ!ってお声がけしてくれて、その頃からずっと、わたしの背中を押してくれるメンター的存在です。そして、スリラバにあるアイテムって、10年先も20年先も使うだろうなっていうピースなんですよね。そう思ってもらえるように私自身のブランドHi-CORAZONもなってほしいなって思います」。

毎月1アイテムを糸から作り、ほぼ完全受注販売という手法で27年。店舗奥ではアーカイブが美術品のように佇み、同時にピックアップ待ちの膨大な量の最新コレクションが山積みとなっている。ヴィンテージをとことん紐解き、奇をてらわず極上のベーシックを現代の技術で更新させ、洒脱に表現する。洋服を入口にしながら彼は着る人たちの人生に向き合う。その見抜く力に人々は学び、感銘を受け、励まされ、やがて人生のとまり木のように拠り所とする。まさに、THE THREE ROBBERSの由来である絵本『すてきな三にんぐみ』を体現しているようだ。

現在、裕美さんはジュエリーの制作だけではなく、ジュエリーのメンテナンスのワークショップも実施している。

「母親になるまではどこか尖っているところもあり、そういうのはやらない、とブランディングをしていた頃もありましたが、今は、何よりも楽しいんです。お客様の持ってきたジュエリーを見るとインプットにもなるし、何より皆んなで磨いて綺麗になる瞬間を共有することが楽しくて、あっという間に時間が過ぎてしまいます」。

ジュエリーは、手をかけるほどその人に馴染んでいくもの。装飾品を身につける手は日々皿を洗い、服を畳み、何かを作り出す手だ。じっくりと手をかけて、生きることを紡いでいってほしいと願う。

「末長くご愛用いただきたい。飽きちゃっても、クローゼットの中で眠っていたり、オブジェのように飾ってもらったり。一世代で終わるのではなく、次の世代へと伝わるアートの1つとなってほしいです。金属って処分するのが大変なので、責任を持ってずっと愛されるようなジュエリーを生み出したいです」。

 

川上 裕美

ブランドHi-CORAZON(ハイコラソン)を手掛けるジュエリーデザイナー。ハンドメイドでの彫金や成形にこだわり民俗文化を作品に込める。ポップアップなども多く行っている。

@hi_corazon Instagram


Photographer:Shota Kono  Instagram
Production:Little Lights  Instagram

Wearing Items

[MARCOMONDE]
glitter ribbed socks 20

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